甚五郎は、露の滴るバラに食指を向け、粘液たっぷりの肉を舌先で転がすように味わった。
ジュルジュルと音を立て、一心不乱に貪る。
荒い鼻息が、美智子の耳にまで届く。
苦行に耐えるような顔の美智子。
甚五郎は、思いだしたように大きく息を吸い込み、次なる欲望を満たしにかかる。
ベルトをゆるめ、それ自体が一個の意志―そう呼ぶにはあまりに原始的な欲求ではあったが―を持つかのような、黒光りする棒をおもむろに突き出し、艶やかな赤へと向ける。
山の男らしく、ずっしりと、確信に満ちた無造作な仕草で。
幾度、そのシンボルを往復させたろうか、
「あっ…!もうダメっ!」
先ほどから獣じみた貪欲さを見せている甚五郎に翻弄されていた美智子は、ついに耐え兼ねねたように声を上げた。
甚五郎は美智子の訴えには全く耳を貸さず、新たな牛バラ肉を箸で刺し、煮えたぎる割下にくぐらせる。とろりとした玉子に浸し、口に運ぶ。
皿の肉が3分の1ほどまで減ったところで、遂に美智子の堪忍袋の緒が切れた。
甚五郎の食欲の象徴たるその箸を素早く掴み、一間続きの玄関に力いっぱいに放擲。箸の一方は三和土に、もう一方は、一目で甚五郎の手による補修がなされたことが見てとれる、不細工な鼻緒が通った草履に滑り込んだ。
「おい、その肉がいったいいくらしたと思ってんだ貴様。」
美智子は怒気に頬を赤らめて言う。
「馬鹿亭主の少ない稼ぎじゃ到底食えねぇような黒毛和牛様なんだよ!お義父様のために用意した鋤焼を、バカスカ食いやがって…!せめて半分残しとけっつーんだよ、タコ!」
「だってそりゃお前ぇ…」
「うるせぇ、クソブタ」
「んでも…おっとぉが来んのはあすたじゃねぃが…。」
美智子は蒼白な面持ちでカレンダーを振り返る。年の瀬に、米屋から貰った日めくりカレンダーには「十九」と大書されており、美智子は、先ほど引いたばかりの血液を、再び頬に集中させた。
「は!?何言ってんのマジ意味わかんない。ありえねー。まじありえねー」などと、確率的には多分に有り得ることを拒否・拒絶する不分明な文言を口走り、憤然としている。
その傍らで、甚五郎は箸を奪いとられた姿勢のまま、茫然と投げやりな目線を「畜生米店」の文字に注いでいた。
日付の脇には「成功する者とは、成功したいと思っている者のことである」と、愚劣なことが、金言らしく印刷されている。甚五郎は「いい言葉だな」と思って見ていた。
割下は沸騰を続け、皿から甚五郎の腕にかけて、茶色く変色した玉子が糸を引いている。
外は吹雪。二人は、バラック小屋とさして変わらぬ家屋に逼塞して。
彼らは、端的に、哀しかった。
と、まぁ。品のない釣り方をして、ライブ告知。
次のライブは5/27(日)新宿モーションにて。
休日ですからね。皆様是非。
チャリちゃんもね。